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2017.12.12 Tuesday
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| 11:16 |
エジプト旅行記④番外編
2008.12.27 Saturday
今回エジプトを旅行するにあたって、少し不安だったのが食事。
ガイドブックを見る限りでも、少々クセのある料理が多いのかな~と思っていました。

でもそんな心配は不要で、食べられなかったものはほとんどありませんでした。
(外国人にも食べやすいメニューを出してくれていた、というのもあると思いますが。)

色々食べた中で、事前に"抵抗のある方は他の料理にできます"と言われていたエジプト料理がありました。旦那も私ももちろんチャレンジ!

それは、なんと…ハト料理です!



これ、見た目はちょっとアレですが…
味はクセもなく普通の鶏とほとんど変わらず美味しかったです☆
この料理を頂いた直後に近くを歩いていたハトを見た時は少々心が痛みましたが( ̄ω ̄;)
しかしそのハト、他のお客さんが食べ終わったハトの骨を食べてたーー!!共食いじゃん!!!(゚Д゚;

旅行中、口にするものはかなり気をつけていたので(生水を飲まないのはもちろんですが、歯磨き時もミネラルウォーターを使用しました)、体調を崩す事もありませんでした。

普段は個人旅行が多い我々ですが、今回は久々にツアーを利用。
事前に高校時代の世界史資料集や用語集(日本から持ってきたもの)を読んで歴史を勉強しなおしては行きましたが、現地ガイドさんが分かりやすく説明してくれ、質問にも丁寧に答えてくれたので、ツアーに参加して大正解でした!(というかエジプトに個人旅行はちょっと無理…)

また、今回の旅行では素敵な出会いもありました。
出発の2日前に偶然お友達が同じツアーに申し込んでいる事が発覚!
旦那同士は初対面だったけど、毎日一緒に飲んですっかり仲良くなりました♪
仕事に関係のない所で、気の合うお友達ができるというのはとても貴重な事。

楽しい楽しいクリスマス休暇になり、幸せでございました☆・*。


Photo:ナイル川に沈む夕陽
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Travel ・Egypt | 22:00 | Comments(0)
エジプト旅行記③ルクソール西岸
2008.12.26 Friday
古代エジプトではナイル川東岸は太陽が昇る「生の都」、西岸は太陽が沈む「死者の都」とされており、生きている人が使う神殿は東岸に、死者を祀る墓や葬祭殿は西岸にあります。

この日は王家の谷と呼ばれる岩窟墓群へ。
古代エジプト人は死後も来世において現世と同じ生活ができると考えており、いつ魂が戻っても生活に困らないよう、ミイラとして肉体を保存し、墓の中に副葬品として生活に必要なものが一緒に埋葬されたそう。
しかしそれらの墓はことごとく盗掘に遭ってしまったため、新王国時代以降は深い谷の中に墓を隠したのだそうです。

この一帯には60以上の墓が発見されており、つい1か月ほど前にも新しい墓↓が発見されたとの事。



この場所が墓に選ばれたのは遠くに見える三角の山をピラミッドに見立てているという説もあるらしい。

王墓のうちのいくつかは内部を見学する事ができます。
山の中に深く穴を掘って作ってある墓なので、ピラミッドの見学と同じように中腰で進むハードな通路のものもありました。
墓内は綺麗な壁画やレリーフがはっきりと残っているものも。電気もない時代に深い穴を掘って、さらに美しい装飾を施すなんて、ここでも当時の技術の高さにため息が出ました。

墓泥棒を防ぐための王墓群もその多くが盗掘に遭ってしまった中、ほとんど被害に遭わなかったのが有名なツタンカーメンの墓です。
墓の内部ではミイラも見る事ができました。→勇気のある人はコチラをClick



内部で発見された財宝の数々はカイロの博物館で見学してきました。
写真撮影一切禁止のため画像はありませんが、ミイラの上に黄金のマスクが被せられ、それが3重の人型棺に入れられ、さらにそれを覆う3重の大きな部屋のような厨子に納められていました。

その他にも眩いばかりの財宝の数々が副葬されていましたが、ツタンカーメン自体は若くして亡くなった王で権力はあまりなく、墓は質素だったと言われているそうなので(その為にあまり盗掘に遭わなかったとも)もっと権力のあった他の王の墓は一体どれだけ豪華なものだったんだろう、と思います。


エジプト旅行記④へ続く






Travel ・Egypt | 22:00 | Comments(0)
エジプト旅行記②ルクソール東岸
2008.12.25 Thursday
カイロの次は空路で1時間ほど南に下ったルクソールへ行きました。
ルクソールはかつてテーベと呼ばれ、首都にもなった場所。

まずはナイル川の東岸にある古代エジプト最大の神殿、カルナック神殿へ。
ここは4000年程前に建設が始まり、2000年近くかけて完成したそうです。

両脇に見える石造は1つの石を削ってできたものだそう。大きすぎて言葉が出ません。



沢山の柱が並んでいる列柱室。


この柱はpaperの語源となったパピルスの形なんだそうです。
パピルスは茎の断面が三角形(ピラミッド型)をしており、古代エジプトでは神聖なもの、と考えられていたらしい。

ちなみにパピルスってこんな植物。(Wikiより画像拝借)


茎の部分を薄く剥いて少しずつ重ねながら垂直に並べて圧縮・乾燥させてシート状にするとこうなります。



実際にこの茎からシートを作る様子も見学しましたが、
最初にその方法を思いついた人は本当に凄いな、と思いました。

内部の壁には至る所にレリーフやヒエログリフ(象形文字)が刻まれていました。



カルナック神殿の前には頭が羊(アモン神の聖獣)・体がライオンの形をしたスフィンクスが両脇に並んだ参道がありました。
日本でいう狛犬みたいな感じなんでしょうか。



続いてカルナック神殿から3Kmほど離れた所にあるルクソール神殿へ。
こちらも神殿の前にスフィンクスの参道がありました。こちらは頭は人・体はライオンです。かつてはカルナック神殿の参道と繋がっていたんだとか。



神殿の入り口にはかつて2本のオベリスクが立っていて、現在パリのコンコルド広場に立っているものがこのオベリスクの対のもの。フランスからカイロのモスクに時計台を贈られたお礼に献上したものだそうです。



このオベリスクも1つの石を削って作られたものだそう。
石を使った彫刻技術、建築技術の高さには驚くばかりでした。


エジプト旅行記③へ続く

Travel ・Egypt | 22:00 | Comments(0)
エジプト旅行記①カイロ・ギザ
2008.12.24 Wednesday
クリスマス休暇を利用して、初のアフリカ大陸・エジプトへ旅行してきました!
フランクフルトからカイロまでは4時間くらい。
有名な三大ピラミッドのあるギザは首都カイロから西へ13Kmほどの所にあります。



国土の9割が砂漠というエジプト。写真や映像で見ていたピラミッドは、広大な砂漠の真ん中にポツンと建てられているのかな、と思っていたけれど想像以上に街との距離が近くて驚きました。
砂漠側から街を見下ろすと、街全体が大きなオアシスなんだな~と実感できます。



3つのピラミッドのうち、一番東側にあるのが世界最大のクフ王のもの。
遠くから見てもかなりの存在感があるけれど、近くで見るとあまりの大きさに圧倒されてしまいます。



ひとつひとつの石の大きさも想像以上に大きい。



クフ王のピラミッドの内部も見学しました。
中に入ると細くて急な階段を中腰でしばらく下った後、今度は急な階段を昇ります。
かなり辛い体勢なうえ、内部は空気も悪く苦しい。後ろにも前にも人が列になって進んでいくので途中で休む事はできません。
玄室は特に壁画があるわけでもなく、ポツンと石棺が置いてあるだけ。あのピラミッドの中にこんな空間が空いている事が不思議でした。



反対側にまわるとスフィンクスの像があります。
スフィンクスはアラブ人に鼻が削られ、イギリスにつけヒゲがとられたそうで(現在は大英博物館に展示されているらしい)ちょっと愛嬌のある顔でした。



エジプトのピラミッドというとこのギザのものが有名ですが、
カイロ近郊には他にもピラミッドがいくつか残っています。
ダフシュールという所にあるのが赤のピラミッドと呼ばれる緩やかな傾斜の綺麗なピラミッド。



ここも内部を見学しましたが、クフ王よりもさらにハード!
そもそも入口がかなり高い所にあるのでそこまで登るのも苦しいのですが、入口からは急で長い下り階段。(ここも中腰)
さらにクフ王のものとは比べ物にならない異常なアンモニア臭。これは数千年間に出入りした人間の汗の臭いなんだとか。。

この他にも上部と下部で傾斜が異なる屈折ピラミッドや



階段ピラミッド等もありました。



古代エジプトの測量技術や建築技術、これまで本や映像で見ていただけでも、物凄い技術だなぁと思っていたけれど、実際に見てもこれが4500~5000年も前に作られたものだなんて信じられませんでした。


エジプト旅行記②へ続く

Travel ・Egypt | 22:00 | Comments(0)


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