いよいよ明日は荷物の搬出日となりました。
搬出が終わったら出国日まではホテル滞在となるので、この家ともお別れなんだ、と思うと漸く実感が湧いてきたものの、いつも行っていたマルクトやスーパーにもう行くことは無いんだ、友達としょっちゅう歩いた道を一緒に笑いながら歩く事も無いんだ、と思うとまだちょっと信じられない気持ちもアリ。
約2年半のドイツ生活を振り返ってみると、我が家はかなり色々なトラブルに悩まされた駐在生活でした。ブログには書かなかったけれど、あまりの辛さに泣いた事もあったし、帰りたいと思った事も何度もありました。
でもそんな時にいつも力になってくれた会社のスタッフさんや、私の話を優しく聞いてくれた友達のおかげでなんとか乗り越えて来られました。
ドイツ赴任が無ければ出逢うことはできなかった人達。この方々との出逢いだけでもドイツに来た意味があった、ドイツに来て良かった、と思っています。
帰国が決まってからは、ただもう淋しくてまだまだここで暮らしたい!と思っていました。
日本にいる家族や友達からは「早く帰っておいで」と言ってもらえ、ドイツにいる友達からは「帰らないで」と言ってもらえて、私たちは本当に幸せです。
"異国の地"だったドイツが、私たちにとって今では特別なまるで"第2の故郷"のような存在になりました。
またいつかきっと帰って来ます。
Auf Wiedersehen!
搬出が終わったら出国日まではホテル滞在となるので、この家ともお別れなんだ、と思うと漸く実感が湧いてきたものの、いつも行っていたマルクトやスーパーにもう行くことは無いんだ、友達としょっちゅう歩いた道を一緒に笑いながら歩く事も無いんだ、と思うとまだちょっと信じられない気持ちもアリ。
約2年半のドイツ生活を振り返ってみると、我が家はかなり色々なトラブルに悩まされた駐在生活でした。ブログには書かなかったけれど、あまりの辛さに泣いた事もあったし、帰りたいと思った事も何度もありました。
でもそんな時にいつも力になってくれた会社のスタッフさんや、私の話を優しく聞いてくれた友達のおかげでなんとか乗り越えて来られました。
ドイツ赴任が無ければ出逢うことはできなかった人達。この方々との出逢いだけでもドイツに来た意味があった、ドイツに来て良かった、と思っています。
帰国が決まってからは、ただもう淋しくてまだまだここで暮らしたい!と思っていました。
日本にいる家族や友達からは「早く帰っておいで」と言ってもらえ、ドイツにいる友達からは「帰らないで」と言ってもらえて、私たちは本当に幸せです。
"異国の地"だったドイツが、私たちにとって今では特別なまるで"第2の故郷"のような存在になりました。
またいつかきっと帰って来ます。
Auf Wiedersehen!
ドイツ駐在後半になってかなり嵌って集めたモノがあります。
いつかブログに書きたいと思いながらタイミングを逃しておりました。
それは、こちら。

これは"Souvenir Medaillen(スーベニアメダル)"といって、
5Centまたは2Cent硬貨を機械で引き伸ばしてデザインが印されるもの。
日本ではTDRやUSJ等にあるようですが、日本の法律上本物の硬貨をいじることができないため、専用のメダルが置いてあるようです。
こんな機械が各地に何気なく置かれています。


1Euro硬貨と5Cent硬貨をそれぞれセットしてハンドルをぐるぐる回すと、
機械の中でプレスされ、その土地の教会やお城等の名所がデザインされたメダルが下から出てくるという仕組み。ちなみに↑↑は旧西ドイツの首都ボン。ベートーヴェンの生家があるのでデザインはベートーヴェンと市庁舎の2種類がありました。
スーベニアメダルの存在を知る前に行ったことのある場所で、2度目に訪れるには遠かったり面倒な場所だったり、という所は泣く泣く諦めましたが、それでも1年くらいでかなり収集できました。旦那はこれのせいで私にあちこち連れて行かされるハメに(w
集めたメダルをどうディスプレイするか色々考えた結果、
トイクロスというマジックテープがくっつく布を取り寄せ(日本製)、
ドイツ国旗&地図の形に切って縫い付け、おおよその場所にメダルを貼りつけてみました。
裁縫が超超超苦手なので、かなり雑ですが満足しています♪

額は船便で送りますが、メダルは手荷物で持って帰ります( *´艸`*)
いつかブログに書きたいと思いながらタイミングを逃しておりました。
それは、こちら。
これは"Souvenir Medaillen(スーベニアメダル)"といって、
5Centまたは2Cent硬貨を機械で引き伸ばしてデザインが印されるもの。
日本ではTDRやUSJ等にあるようですが、日本の法律上本物の硬貨をいじることができないため、専用のメダルが置いてあるようです。
こんな機械が各地に何気なく置かれています。
1Euro硬貨と5Cent硬貨をそれぞれセットしてハンドルをぐるぐる回すと、
機械の中でプレスされ、その土地の教会やお城等の名所がデザインされたメダルが下から出てくるという仕組み。ちなみに↑↑は旧西ドイツの首都ボン。ベートーヴェンの生家があるのでデザインはベートーヴェンと市庁舎の2種類がありました。
スーベニアメダルの存在を知る前に行ったことのある場所で、2度目に訪れるには遠かったり面倒な場所だったり、という所は泣く泣く諦めましたが、それでも1年くらいでかなり収集できました。旦那はこれのせいで私にあちこち連れて行かされるハメに(w
集めたメダルをどうディスプレイするか色々考えた結果、
トイクロスというマジックテープがくっつく布を取り寄せ(日本製)、
ドイツ国旗&地図の形に切って縫い付け、おおよその場所にメダルを貼りつけてみました。
裁縫が超超超苦手なので、かなり雑ですが満足しています♪
額は船便で送りますが、メダルは手荷物で持って帰ります( *´艸`*)
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Comment
>ワッフルちゃん
ありがとう!!
こちらこそあなたの存在にはいつも助けられ、支えられてきました。
これから先、ドイツを思い出すときはそこにいつもワッフルちゃんがいることでしょう。
今までよりちょっと距離が遠くなっちゃうけど、これからもどうぞよろしくね♪♪
ありがとう!!
こちらこそあなたの存在にはいつも助けられ、支えられてきました。
これから先、ドイツを思い出すときはそこにいつもワッフルちゃんがいることでしょう。
今までよりちょっと距離が遠くなっちゃうけど、これからもどうぞよろしくね♪♪
Yukky | 2010/03/19 15:58
[ Edit ]
>こんにゃく
や、ほんと苦手なんです。。
近くで見ると縫い目がガタガタだしあちこち詰まっちゃってるし。
でももう一度作り直す元気は無いわ(w
や、ほんと苦手なんです。。
近くで見ると縫い目がガタガタだしあちこち詰まっちゃってるし。
でももう一度作り直す元気は無いわ(w
Yukky | 2010/03/19 15:58
[ Edit ]
もうホテル暮らしに移られてるかな?
第二の故郷と思える国になって本当に良かったね!
私もタイ(の田舎)にすんでいる時はかなり精神的に
参ったりして「帰りたい!」と思ったことも何度もありました。
けど、最終的には周りの人に支えられ帰る頃には第二の故郷
といえる大切な国になりました。 それ以来日本にいるときは年に
1度は一人ででもタイ旅行行ってました~ 実家に帰るより頻度高かったかも(笑)
ザンビアがそうなるかは・・・不明ですが(遠すぎます^^;)
悔いの残らない日々を過ごしたいと思ってます。
Yukkyさんご夫妻にとって特別な国に感じられるようになった
という事は素敵な事ですよね!
言葉の面も大きいと思います。ドイツ語が話せると思うと
一人ででも出かけたくなると思います~
2年半お疲れ様でした!そして日本でもYukkyさんらしい
日々をお過ごしください~
第二の故郷と思える国になって本当に良かったね!
私もタイ(の田舎)にすんでいる時はかなり精神的に
参ったりして「帰りたい!」と思ったことも何度もありました。
けど、最終的には周りの人に支えられ帰る頃には第二の故郷
といえる大切な国になりました。 それ以来日本にいるときは年に
1度は一人ででもタイ旅行行ってました~ 実家に帰るより頻度高かったかも(笑)
ザンビアがそうなるかは・・・不明ですが(遠すぎます^^;)
悔いの残らない日々を過ごしたいと思ってます。
Yukkyさんご夫妻にとって特別な国に感じられるようになった
という事は素敵な事ですよね!
言葉の面も大きいと思います。ドイツ語が話せると思うと
一人ででも出かけたくなると思います~
2年半お疲れ様でした!そして日本でもYukkyさんらしい
日々をお過ごしください~
>むっちぃさん
レス遅くなってごめんなさい。
しばらく管理画面が開けなかった為、コメントは承認制にしておりました。
先週末無事日本に帰国し、ホテルには行かずにそのまま旦那の実家にお世話になっています☆
ドイツが寒かったから、日本に帰れば温かいはず♪と思っていたのに、我々が到着した日からずっと寒くてまだまだ冬物のコートを着て出掛けています(-ω-`;。)
ドイツでの生活は振り返ればたった2年半でしたが、
自分の中で本当に特別な国になって、必ずまた行きたいと思えるようになったことはとても嬉しいことです。
あまり上達しなかったドイツ語ですが、最低限は忘れないように日本でもドイツ語に触れる機会を作らないとな~と思っています。
レス遅くなってごめんなさい。
しばらく管理画面が開けなかった為、コメントは承認制にしておりました。
先週末無事日本に帰国し、ホテルには行かずにそのまま旦那の実家にお世話になっています☆
ドイツが寒かったから、日本に帰れば温かいはず♪と思っていたのに、我々が到着した日からずっと寒くてまだまだ冬物のコートを着て出掛けています(-ω-`;。)
ドイツでの生活は振り返ればたった2年半でしたが、
自分の中で本当に特別な国になって、必ずまた行きたいと思えるようになったことはとても嬉しいことです。
あまり上達しなかったドイツ語ですが、最低限は忘れないように日本でもドイツ語に触れる機会を作らないとな~と思っています。
Yukky | 2010/03/25 10:23
[ Edit ]
このブログには本当に色々な事を教えてもらったり、刺激を受けたり、助けてもらいました。
「Das Tagebuch von Schnee」は最高のドイツ生活ブログです。
ありがとう。そして2年半のドイツ生活お疲れ様でした。